money money money 〜ようこそ信用の世界へ〜

It’s a rich man’s world…。縁がないようであるような不思議な存在、「お金」。キャッシュレス決済、定額給付金、有事の安全資産「金」最高値…。お金に関する話題は途切れることがなく、人々の感情や行動に大きな影響を与え続けている。皆さん、お金は好きだろうか。「僕は、だいっ…。」、いやっ、これ以上はやめておこう。好きでも嫌いでも生きていく上で関わりを断つことなどできるはずがないのだから。天国への切符にもなり、地獄へのチケットにもなりうる諸刃の剣。これほど付き合い方が難しい気紛れな存在に初めて接した人々はどのような反応をし、どのように対処してきたのだろうか。

我が国におけるお金の歴史は、日本史の教科書にも載っている「和同開珎」から始まる。それ以前にも「無文銀銭」・「富本銭」という貨幣も存在していたが、流通の規模が小さく、本格的に貨幣として機能したものとしては、やはり「和同開珎」が最初のものになるであろう。『続日本紀』には、次のように記述される。和銅元年(708年)8月10日「始行銅銭(始めて銅銭を行う)」、これが「和同開珎」の最初の記事である。この年の初めに武藏國秩父郡(埼玉県)で初めて国産の銅が発見されたことにより、よほど嬉しかったのであろうか、元号も「和銅」と改元され、半年ほどで記事のように銅銭が鋳造されることになる。

さて、銅が採れ、改元し、銭も作った。さあ、これからは我が国も貨幣によって経済が動き始める。誰もがそう思っていたのかもしれない。ただ、順風満帆とはいかなかった。想像してみて欲しい。物々交換しか知らない人々の前に突如として現れた「丸くて薄くて四角い穴が空いて4文字書いてある金属の小さな板」。その価値を十分理解し、信用して大事な食料と交換しようと思う人がどれほどいるのだろうか。案の定、その後の『続日本紀』には3年後の和銅4年中の各記事に、貨幣の普及に対する愚痴にも似た苦労話のような記事が散見される。要約すると以下のような内容である。

1、農家の方々にも使って欲しいから穀と銭の交換比率を決めました。

2、役人(長くなるので割愛するが、厳密には「役人」という括りではない。語弊を恐れながら、便宜上「役人」と表現させていただく、以下同。)の銭による給料も定めました。

3、役人で貯金をたくさんした方は出世させちゃいます。

4、偽金を作った人は重罪にします。

1は「おらの大事な穀とそんな小さな金属の板を交換できねえ。」という声が多かったのであろうか。2は身内から率先して使うようにしましょうという意思表示なのだろう。注目すべきは3だ。蓄銭叙位法(令)と言われる(ちなみに余談だが、受験生時代は語呂合わせで「お金がないー(711年)蓄銭叙位法」と覚えた。受験生のみなさん、よろしければどうぞ。)。役人の中で係長は○○円、課長は△△円貯金できたら昇進できますと法律で定めたようなものである。記事中にははっきりと「お百姓さんはまだまだ古い考えにこだわってお金の利便性を理解していない。ごく僅かに取引はあるようだが、未だに貯金をしている人はいない。」と溜息を吐くような記述がなされているが、なぜか役人にも百姓にも貯金をさせようと躍起になっている。たくさん貯めたくなるような価値のあるものとしてお金を認識させたいのだと思うが、貨幣の鋳造もそんなに素早く大量にはできない時代のことである。モノが貯蓄に回ってしまった場合、市場での流通量が減ってしまうため、貨幣流通といった意味では本末転倒になってしまうのではと思うが、なり振り構っていられなかったのだろう。さらに、立法者も抜かりはない。みんながお金を貯め始めたら、集めようにも数に限りがあり、貯められなくなってしまう。自分で作ればいいなどと考える良からぬ輩が出てくるかも知れない。重罪にしておこう。4の成立である。これが一連の流れである。この後、実際に目標額に達した人達の昇進があったという記事が載っている。まるでスーパーマリオのコイン的な発想である。百姓も役人までもがお金に半信半疑であり、流通させるために貯蓄させるという矛盾を孕んだ売官のような制度に行き着く。お金の価値を知らない人々と場当たり的な対策。素朴な金銭感覚であるが、「和同開珎」には、お金の本当に重要な本質の部分がよくあらわれていると思う。

蓄銭叙位法の制定から1300年以上経った現在の日本。株にF X、ビットコイン等々。お金の価値は様々な形を持つようになってきた。お金の価値に魅了され、振り回される現代人とお金の価値を知らず、その利便性を理解できない古代人。どっちもどっちのような気がするが、現代に生まれたからには、ある程度は上手に付き合っていく必要がある。ご利用は計画的に。

【参考】

黒板勝美 1977『国史大系 続日本紀 前篇』吉川弘文館

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