混雑率186%のエスノメソドロジー ~「効率的優先」という秩序 ~

1、はじめに

ホッブス問題。パーソンズによって提起された問題である。社会において、人々が各自の目的と手段を自由に選択しつつ自己利益を追求した場合、「万人の万人に対する闘争」という「自然状態」が生じるというホッブスの主張に対し、パーソンズが批判を加えたものであり、社会秩序を扱う論考には、必ずと言っていいほど取り上げられる問題である。ホッブスは主張に対する解決方法として、権力による支配を受け入れる契約をかわすことを答えとした。それに対してパーソンズは、ホッブス自身の解決法である「権力による支配を受け入れる契約」を仮定し、それを万人に受容させるためには「共通価値の各個人のパーソナリティへの内面化」と「その価値体系の社会システムの中への制度化」をさせる必要があるという(濱嶋他1997)、前提条件に言及するに留まっている。結果、さらなる問題が想起される。パーソンズの主張する『共通する価値体系』とはどのようなもので、いかに内面化されているものなのであろうか。

このホッブス問題に対する二つのマクロ的な視点に対して、社会秩序が人々の中にすでに存在するもので、それぞれの場面において協調しながら利用され、振る舞われる「実践」的な課題として扱う方法論がガーフィンケルによって提唱されたエスノメソドロジーである。そこではパーソンズの言う『共通する価値体系』を「各個人のパーソナリティに内面化させる」必要はなく、実践的な振る舞いの前提としてすでに人々に備わっているものと理解されている。

本論では、朝の通勤ラッシュ時、駅のホームにおける人々の「実践」を題材として、人々が実際に行っている方法から秩序の前提となる『共通する価値体系』の存在について、エスノメソドロジーにより記述し、その利用における基準を抽出する。

子供と電車に乗る時、好奇心から乗車を急ぐ子供に対して、「降りる人が先ね。」となだめた経験がある。これは法で決められた制度ではなく、もちろん、背いたところで罰則はない。ただ、大部分の人が認識して実践していることが多いと思うし、子供向けの書籍にも同様の説明がなされている。さらには、古いところで、1925年3月に鉄道省により、「降りる方を先に 乗降り御順に」というポスターでの呼びかけが行なわれており、斗鬼氏は合理的な乗降の方法であるとした上で、鉄道側からすれば定時運行に必要だったからであると分析している(斗鬼 2019)。これらは、まさに乗降に関する『共通する価値』の提言であるが、具体的にはどうして「降りる人が先」となり、それがどのように合理的で、いかにして定時運行に寄与しているのだろうか。『共通する価値体系』を前提とした行為の構造と協調の方法についても言及したい。

2、整列乗車について

駅のホームにおけるデータの取得については、会話分析のような録音データでもなく、映像データを取得することについてもプライバシーなどの倫理面から困難であるため、実際の状況を筆者が観察した行動メモを参照にして分析を行う。トランスクリプトとしてのデータの共有性に問題はあるが、満員電車に乗った経験のある人であれば、間違いなく目にする光景であり、平日、同時間帯に同じ場所に参与すれば、同じメンバーではないが(毎日同じ時間の同じ車両に乗る習慣があるメンバーもいると思われることから、筆者の観察時と同一のメンバーももちろんいると思う)、本論で取り上げる観察秩序は反証可能である。そういった意味では、状況を想像しやすい場面の検証であるとも言える。

場面は東京出張。いろいろな意味で首都の巨大さを感じる機会である。その最たるものが電車の混雑率である。縁あって毎回、JR東日本の京浜東北線大井町-品川駅間に乗車しているが、2018年国土交通省実施「都市鉄道の混雑率調査」の報道発表資料によれば、筆者の乗る時間帯は乗車のピークであり、同駅間の混雑率は186%とのことである(国交省 2018)。日頃、地方都市で筆者が通勤に利用している路線も同調査の対象となっており、最も混雑する駅間、時間においても混雑率は140%となっている。通勤においては座って乗車している筆者であるが、それでも人の多さに圧倒される毎日であり、京浜東北線の186%という数字は、想像を超えた混雑率である。

日本の満員電車は、世界的に見ても珍しいものらしい(サンドラ 2014)。中でも、乗車客と降車客によって実践される「整列乗車」は当たり前に行われているが、外国人が感心し、驚嘆するものだと述べられている(佐藤 2001)。子ども向けの本(峯村2000、坂東他 2009)や日本在住の外国人向けの本(NHK 1987)にも整列乗車の内容が紹介されており、日本で生活する上で身につけることが望ましい作法であると考えられているようである。また、整列乗車を前提とし、そのコツを紹介する書籍なども出版されており(万 2005、田中2012)、整列乗車は広く一般的な知識として存在し、振る舞われている相互行為である。

では、整列乗車は、いつ、どのようにして始まり、どのように変容したか。新聞記事を主な資料とした斗鬼氏の研究に詳しい(斗鬼 2019)。それによると戦中までの乗車マナーは非常に劣悪であったことが紹介され、「整列乗車」は、1940年9月23日付の読売新聞で「交通道徳週間」において「一列乗車」を監督員が指導したという記事が資料としての初出として扱われている。この「交通道徳週間」は、東京府、東京市、鉄道省が主導したものであり、戦中までは公からの指導として展開している様子がわかる。また、1941年発行の『國民學校兒童用 禮法要項』には「大ぜいのときは列を作ります。乗り降りするときも列を作ってします。」とあり、現実的に定着はしていないながらも、「整列乗車」を理想とした意識が存在していることがわかる。終戦後の「整列乗車」は、1947年に鉄道会社の職員の約2ヶ月間の呼びかけによって、乗客が自然と整列するようになったことが、『営団地下鉄五十年史』に記述されており、公の指導に代わり、運行会社の取り組みが中心となっている。本格的に「整列乗車」が普及するのは1964年の東京オリンピック以降であり、これも鉄道会社の取り組み、取り決めによって1960年代後半までには、順次定着していったものと考えられるが、地方によっては採用しておらず、(川島 1994、川島1995)、地域差も存在するようである。

上記の斗鬼氏の研究では、「整列乗車」は主として「ホームで電車を待ち、順番に乗車する」という意味で用いられているが、本論では電車を待つ場面はもちろん、身動きが取れないほどの混雑の中で、電車の到着からの人々の乗降、電車の発車までを観察の対象としている。以下にメモを掲載する。

3、《観察メモ》

2019年9月6日8時7分京浜東北線大井町駅1番線。改札を抜け、エスカレーターを降りると電車を待つ人々が決して綺麗ではない行列を作っている。線路に挟まれた中洲のようなホームに規則性を持って一定の間隔で列ができており、黄色い点字ブロックを最前列として、2つの行列が平行になり一団となっている。①後から来る人は当たり前のように列の線路と反対側で中洲の中央にあたる、いわゆる最後尾に向かって列を伸ばす。

すぐにホームに流れ込んでくる車両。覗く窓からは反対側が確認できないほどの乗客が、身動きが取れないほどの密度で車両に詰め込まれている。車両が停止すると、②扉が開く前にその範囲を避けるように横並びの2列が扉に向かって左右にずれる。ホームドアが先行し、ほぼ同時に車両の扉が開くと、③ほとんどの降車客が列の間を直進するが、④2、3人は左右の列の最前者の前にならび直進者を避けるように降車の流れが終わるのを待つ。降車の流れが終わると⑤避けていた2、3人が初めに、その後、車両の到着を待っていた列の一番前の人から乗車が始まる。乗車客は、隙間を見つけて徐々に車両を埋めて行く。しだいに隙間がなくなり、これ以上の乗車は無理だと判断したその時の最前列の人で行列の乗車は止まるが、⑥先を急ぐ数人の乗客が列の後方から現れ、さらに押し込むように乗車し、一番扉側の乗客は扉が閉まった時に身体・持ち物等が挟まれないように限界まで扉から離れ、車両の扉が閉まる時を待つ。今度は車両の扉が先行して、ほぼ同時にホームドアが閉まる。電車は次の駅に向かって発車し、⑦ホーム上には、乗れなかった乗客が列を整え、次の電車の到着を待ち、エスカレーターを降りてくる新しい乗客は思い思いの列に吸いつけられていく。乗車降車における同様の行動が電車の到着とともに異なるメンバーにより繰り返され、数本の電車において観察した後、8時15分に自身もメンバーとなり品川駅を目指して乗車した。

4、方法の記述

成員カテゴリーのメンバーはA乗車客、B降車客、C中間客が存在し、それぞれはたまたま乗り合わせた人同士であり、当然、面識や事前の打ち合わせ等は基本的にない。それぞれの状況によって判断され、一貫性を持って振る舞われる。ABCは固定的なものではなく、1人の人物が異なる駅で立場を変えて少なくともAとBは経験するものである。

  • 行列形成

一番先に来た人が最前におり、先着順に後ろに続くいわゆる「行列」であり、A乗車客の間で組織される。「行列」に関する研究は多くある。岡田氏は行列について、道徳的に判断されるものであり、並ぶという実践によって可視化され、利用されることによって組織化されていく様子を海外の先行研究などを挙げながら説明している(岡田 2007)。また、斗鬼氏は、「整列乗車」の優先順位の時代的変容を取り上げ、「整列乗車」は、させることも・することも・見ることも社会を背後から動かす特定の価値観(身分・経済力)を発信し、学習させ、実践させるメディアとなっており、これにより秩序化が行われていると論じている(斗鬼 2019)。道徳的に形成させる優先順位は、整列乗車において先着順であり、乗車ドアに近い方から遠い方に向かって並ばれる。これは、先に到着し、待つ人が後から来た人に優先して乗車する権利があることを意識し、組織されており、時間的に乗車の平等を保持するように形成されている。

  • 乗降準備

①に続いて、Aの中で組織されるものであるが、Bとの関係を意識した上での行為となる。ホッブス問題を前提とし、AとBが自己利益を追求した場合、乗車ドアを挟んで乗る目的の人、降りる目的の人が対峙することとなり、乗車ドア付近で無秩序な混乱状態となる。通常、乗客でいっぱいになっている車両にさらに乗客が乗り込み、その後で降車客が降りるという流れは、空間の使用を考えた場合、かなり非効率であり、降車後に乗車としたほうが非常に効率的である。ここでの行為は明らかにその状況を意識して機能しており、ドアの正面を空け左右に整列して立つという振る舞いは、一般的に乗車客による降車客優先の意思表示と認識される。

  • 降車優先

Aとの関係におけるB降車客の行為である。そこでは先行するAの意思表示の内容をBも理解しておりAに対し遠慮して、乗車客に先を譲るような行為は一切なく、Bの目的はスムーズに達成されるが、改札に向かう再短距離を目指した場合、乗車者の行列の秩序を乱す恐れがあるため、遠回りでも乗車者の行列により用意された導線を直進する。Bはホームにおける先着者としての乗車者の行列による導線を優先するためである。

  •  再乗車の意思表示

C中間客の行為である。既乗車客としての立場でありながら、乗車ドアの近い位置に乗車しており、なおかつ目的の駅ではない人がBの降車をスムーズにするために一時的に電車外に降りる。降りる駅ではないということで、ホッブス問題のようにBとCが自己利益を追求し、Cが頑なに車両内に留まった場合、車両内部の乗車ドアに近い位置で衝突が生じる。それを避けるためのCの振る舞いとなる。注目すべきは一時的に降りたホームでの位置取りであり、観察メモの通り、乗車を待つ乗車ドアを避けた左右の列①の最前者の前に控え、後参者でありながら最後尾ではない。一度、降車したことで、最後尾に並ぶことになれば、その対象者は乗っていた電車の後続車に乗らなければならなくなり、一方的な不利益を被ることになる。そのため、電車に乗るための列に対して、電車に乗っていた人ということで一番前のさらに前である0番目が新たに設けられ、優先的に乗車することが認められる。また、0番目の位置に留まるということは、一方では再度の乗車をする意思表示にもなるのである。

  • 乗車順位

Bの降車の終了を待って、AとCによって実践される。④で形成された該当車両における既乗車客Cと新規乗車客Aの先着順により構成される行列によって、車内の混雑状況を最前列の乗車客が判断しながら、空いているスペースへ次々と乗り込んでいく。個人差はあるが、空間的時間的にこれ以上の乗車は困難であると最前列の人が判断した時に乗車の流れは止まり、乗車ドアの手前で待機することになる。後続者も基本的には、行列に従い後続の電車を待つ。

  • 認識による優先

⑤において最前者の乗車不能の判断とそれに従う後続者は、状況から現在停車している車両への乗車する権利を混雑・時間的な制約から放棄していることになる。乗車の流れが自然に途切れた後、まだ乗れると判断した人々が乗車スペースのほぼ埋まっている電車に押し込むように乗車する。乗車を放棄した先行客に対して「乗車の意志」が優先されている状況である。

  •  行列形成Ⅱ

⑤の乗車行動により、乗れなかった乗車客が、従前の先着順に形成された行列を保ちながら①と同様に形を整えていく。また、新たに乗車を希望する客がホーム上に出現し、先着順に最後尾に並ぶ。先行車に乗れなかった乗車客が優先となり、新規の乗車客はそれに続く。

6、おわりに

以上、通勤ラッシュ時の人々の振る舞いを観察し、秩序のあり方を考察した。一口に「秩序」と言っても国家における秩序のような巨大なものから友人間の私的な秩序まで、規模や様相は実に多様であるが、ここでは駅のホームにおける秩序という比較的小規模なものを対象としている。各乗客が、電車内・ホームの自身の位置によってそれぞれが自ら判断し、相応しい行動をすることによって秩序が形成されている。そこには、ホッブスの指摘する国の定める法や鉄道会社の設定する強力なルールのように厳格な権力に従うことで実現する秩序の形ではなく、満員電車の歴史の中で、効率的、合理的に整備された当事者たる乗客たち(メンバー)によって形成された秩序により解決が行われている。また、各人が秩序的に組織する上で協調の基準となっているパーソンズの指摘するところの「共通する価値体系」は、学校などの教育課程で教わり、人々のパーソナリティに受動的に内面化されるようなものではなく、現実に直面した人々によって判断され、生み出されるものである。通勤ラッシュ時の乗降場面での秩序は、乗車・降車といった属人の個別的な目的の上位に目的地に遅れないための電車の円滑な運行という「共通する価値」が存在する。この「共通する価値」に協調し、実践される人々の方法は「効率的優先」という基準に則り組織されているのである。

①の乗車客間における時間的先着順による優先、②の物理的な空間利用における乗車客に対する降車客優先、③の②で優先された降車客に対するホームの先着者である乗車客の導線を優先、④の物理的な空間利用における継続して乗車する中間客に対する降車客の優先と新たな乗車客に対する既乗車客である中間客の優先、⑤の「乗車の意志」における乗車客間での優先、⑦の新規乗車客に対する既行列形成乗車客の時間的先着順による優先などが通勤ラッシュ時の秩序を形成しており、一貫して「効率的優先」という基準を前提としている。

 それぞれの場面における相互行為において秩序を形成するための「何らかの方法」はインデックス性を持っているが、同様の場面が繰り返される状況においては、合理的な基準で再編された振る舞いが形成され、可視的で説明可能なものであることにより、慣習的な秩序として整備されていくことになる。合理的効率的であるがゆえに、汎用性があり、「常識的な振る舞い」として人々に浸透し、一方では説明可能であることから、一般的な子に対する「しつけ」やHOW TO本の出版も可能となり、学習する機会や方法も提供されることになる。そして、繰り返し安定して実践されることになり、乗客としての積み重なる経験から同様の場面における行動の選択が可能となっていくのである。

7、参考文献

池田太臣 2009『ホッブスから「支配の社会学」へ ―ホッブス、ウェーバー、パーソンズにおける秩序の理論』世界思想社

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大澤真幸・吉見俊哉・鷲田清一 2012『現代社会学事典』弘文堂

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川島令三 1994『どうなっているのか!通勤電車』PHP研究所

川島令三 1995『[続]どうなっているのか!通勤電車』PHP研究所

国土交通省鉄道局都市鉄道政策課 2018「東京圏で混雑率180%超の路線が12路線から11路線へ」プレスリリース

佐藤芳彦 2001『世界の通勤電車ガイド』成山堂書店

サンドラ・へフェリン 2014『満員電車は観光地!? 世界が驚く日本の「日常」』KKベストセラーズ

陶智子 2010『日本人の作法』平凡社

盛山和夫・海野道郎 1991『秩序問題と社会的ジレンマ』ハーベスト社

田中一郎 2012『[図解]電車通勤の作法』メディアファクトリー

T.パーソンズ、稲上毅・厚東洋輔訳 1976『社会的行為の構造/総論(第1分冊)』木鐸社

デイヴィッド・フランシス・スティーブン・ヘスター 2014『エスノメソドロジーへの招待 言語・社会・相互行為』ナカニシヤ出版

斗鬼正一 2019「整列乗車 ―鉄道というメディアと社会―」『江戸川大学紀要』29

濱嶋朗・竹内郁郎・石川晃弘 1997『社会学小辞典〔新版〕』有斐閣

坂東眞理子・蒲谷宏 2009『こども マナーとけいご絵じてん』三省堂

PHP研究所 2016『通勤電車の謎ふしぎ』PHP研究所

マイケル・リンチ 2012『エスノメソドロジーと科学実践の社会学』勁草書房

前田泰樹・水川喜文・岡田光弘 2007『エスノメソドロジー 人々の実践から学ぶ』新曜社

峯村良子 2000『子どものマナー図鑑③ でかけるときのマナー』偕成社

万大 2005『通勤電車で座る技術!』かんき出版

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