ムシキングと百獣の王
この夏、我が家に新しい家族がやってきた。黒く輝くその身体。ツヤツヤと蠢く6本の脚。極め付けは聖剣然とした角を天に振りかざす堂々としたその風貌。そう、彼は「カブトムシ」。古にありて「ムシキング」と呼ばれた昆虫界の王である。

威風のある姿ながら、実は草食系。しかも、ムシャムシャと植物を頬張るような食事ではなく、樹液を啜るという斜め上をいく草食男子である。圧倒的な力で戦闘の中に生き、他の支配を成し遂げる、いわゆる「王(キング)」のイメージがそこにはない。聳える聖剣は確かに闘うためのものであるが、縄張りを侵すものに対する防戦的な闘いのためであり、捕食するような習性はまったくないのである。同じ昆虫界においても、他の昆虫を捕食し、糧とする強者は存在する。アリ・トンボ・アメンボ等々。可愛らしいてんとう虫も他の昆虫を捕食する。大きさこそ「ムシキング」より小さいものの、力によって他を征服し、我がものとする「王(キング)」としての性質は、「カブトムシ」の上をいく。はたして、「カブトムシ」は「王(キング)」を名乗っていいのだろうか。
例えば「百獣の王」と言えば、何だろうか。そう、ライオンである。「ジャングル大帝」・「ライオンキング」などとも表現される。その名に相応しく圧倒的な力を持って、他の動物を捕食する。言うまでもなく、食物連鎖の頂点に立ち、生息域の重なる遍く生命は、ライオンに対し、畏怖の念を抱いている。歴史上、力による支配を成し遂げた者が「王(キング)」として君臨する。そのイメージにおいて「百獣の王」は、しっくりくるが、「ムシキング」はその習性があまりにも平和的だ。
「そんなこと言われましても、僕は自称しておりませんが…。」
勝手なイメージで「王(キング)」にされてはかなわない。
「ライオンと比べられましても…。」
そもそも、比較対象に無理があるのもその通りである。
子ども達に「カブムシくん」と名付けられた我が家の「ムシキング」。朝一で土に身を隠し、「あれっ、いない。」と子ども達をびっくりさせるお茶目な王様。上げ膳据え膳のゼリーにしがみつき、雑な子どもの打ち水にイラッとする王様。約2,000円の飼育ケースを縄張りとする王様。蓋が開いていても逃げようとしない王様。何だかんだで家族みんなが気にかけている王様。今日もキング。明日もキング。
今日も縄張り内異常なし。打ち水だけは警戒せよ。ゼリーはまだか…。王様、末長くよろしくお願いいたします。